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3月13日

 投稿者:Hyper-T  投稿日:2014年 3月 5日(水)12時28分4秒
  2014年も、3月に入りました。
3月13日は、NAKAさんの「一周忌」です。
もうしばらくすれば、桜も開花し、4月の「風まつり」もやってきます。
NAKAさん、空の上から、今年もたくさん花火を見て下さいね。
NAKAさんには、今でも、そしてこれからも… 本当に感謝しています。ありがとうございます。
 
 

瀬木天王祭(常滑)の花火

 投稿者:Hyper-T  投稿日:2013年 7月15日(月)14時52分41秒
  常滑の瀬木天王祭(⇒[1590]NAKAさんの昨年の記事)
の花火に、昨夜(7/14)行ってきました。

前週の弁天島花火が、最終開催だったにもかかわらず、低空の曇り雲に阻まれほとんど見えなかったので、
小規模ながらもやっと花火を見られた感じでした♪

20日は名港ですね。
花キチさんのメッセージ、プログラムに見つけました。
NAKAさんにもきっと届くと思います。
今度こそ、好条件で花火が見られますように…
 

(無題)

 投稿者:花雷  投稿日:2013年 6月 4日(火)09時28分4秒
  心より謹んで、ご冥福をお祈り申し上げます。  

(無題)

 投稿者:花キチ  投稿日:2013年 5月28日(火)06時52分14秒
  私が愛知にいた時に、大変お世話になりました。
NAKAさんがHPを作ってほしいということで
始めたのですから。

茨城に移ってからは中部地区ではなくなったので、あまり投稿しませんでしたが、
私が写した写真を見たがっていたので、いまさらですが、もっと投稿すればよかったと
思います。

NAKAさんがいなければ撮れていなかった写真が多いです。
今年は加藤煙火さんの花火が、すごいってこと、赤川に来てほしいことなど
投稿するつもりでした。

お盆の時期は山形の鶴岡にも来て見てください。今年は8月17日です。
 

久しぶりの投稿が…

 投稿者:KaT  投稿日:2013年 5月16日(木)18時28分24秒
  あまりに悲しすぎます。

花火写真初心者だった私にとって中部の花火情報館はバイブル、NAKAさんは師匠でした。
心より感謝しています。

今年からは場所取りとは無縁な天の桟敷で岡崎の花火を楽しんでください。
 

お疲れ様でした

 投稿者:はなびん!  投稿日:2013年 5月16日(木)02時07分45秒
  長きにわたって、色々とお世話になりました。
本当にありがとうございました。

もうノンビリしてくださいね。
 

NAKAさん、本当に本当に…ありがとうございました!

 投稿者:Hyper-T  投稿日:2013年 5月15日(水)03時03分6秒
  【訃報】
当掲示板および「中部の花火情報館」サイトを運営されていた
中川 晃一 様が、
平成25年3月にお亡くなりになられたそうです。

NAKAさんには、大変お世話になりました。
もうここに、NAKAさんからのお返事が書かれることはありませんが、
今まで本当にありがとうございました。
天国でもきっと、NAKAさんは笑顔で、この夏の花火を見られることと思います。

心より謹んで、ご冥福をお祈り申し上げます。
 

RE 回答

 投稿者:NAKA  投稿日:2012年 8月 9日(木)22時29分59秒
  ゆゐさ さん こんばんは、ご回答有難うございます。
川上神社の件、有難うございました、そうですかまだ復活していませんか。各地で古い祭が復興の兆しがみえますので、いずれ此処もそうなる事を期待しましょう。
 

回答

 投稿者:ゆゐさ  投稿日:2012年 8月 9日(木)20時20分46秒
  当日、朝日天王に到着した所、先着者が来てました。なんと津島の方たちで、一人は津島天王祭に影響受けた各地の天王祭系山車の研究者でありました(私も随分、資料、写真等提供しました)。我々と地元の方たちとのやりとりの中で丁度、川上神社の話が出ましたので、お答えできます。結論からいうと、現在、祭礼は全く行われていません。昔は巻き藁舟も出て、花火も地元で調合製作した物を打ち上げていたとのお話でした。巻き藁舟の部材も行政の不手際で破棄されたと聞いていましたが、朝日の住民の話ではまだあると聞きました。
いつだったか聞き逃してしまいましたが花火は一度復活したそうです。しかしJRから苦情が来てもう駄目になったとのかなしい現実でした。

高砂人形が車楽の定番とのご指摘ですが、前述の研究者、K氏に戴いた資料によると。亨保
二年、尾張第六代藩主徳川継友公の祭礼見物以降、朝祭りの津島車の先車に飾る人形が高砂人形に固定されたと伝えられ、現在も踏襲されている とありました。

 

RE 朝日天王の祭り

 投稿者:NAKA  投稿日:2012年 8月 9日(木)18時18分25秒
  ゆゐささん 朝日天王祭の情報有難うございます。
日曜日の午後行けば、とにかく見られるというのはありがたいですね。ちなみにもう一点だけお聞きしますが、川上神社(旧清州牛頭天王社)は清州の大花火として歴史上有名ですが、ここは機会なく未訪ですが、現在の祭礼状況などご存知でしょうか?。
 

朝日天王の祭り

 投稿者:ゆゐさ  投稿日:2012年 8月 8日(水)19時45分6秒
  NAKAさん度々お邪魔します。朝日天王も行かれたとは驚きです!確かにここは朝日遺跡と鳥山明氏のバードスタジオのほうがよほど有名ですからね。
扨、まだ明るいうちに撮った写真を投稿します。天王社の横が山車蔵を兼ねた朝日天王地区の倉庫です。8月第一日曜日の朝8時に蔵出しし、幕などの飾り付けをしてそのまま、天王社前に置いておきます。昼間いっても大体このままです。昭和34年の夏に曳いてから、伊勢湾台風をきっかけに曳きまわしをやめた由。昭和60年頃修理して一度曳いたそうですが、修理も中途半端だったこともあり、後が続かづ、結局現在も飾り付けと提灯点灯で祭りは終りです。神事もなさそうです。

 

RE 須成天王祭

 投稿者:NAKA  投稿日:2012年 8月 8日(水)01時42分46秒
  ゆゐささん こんばんは。たびたび有難うございます。
この須成と津島の車楽船はなかなか行く機会がありません。

>この人形座(翁と媼)に車輪を付けた物が津島型山車の祖形だそうです。
この高砂人形に車輪を付けた物が、まさに前述の御油祭りに登場しますね、高砂人形は冨部神社の車楽車でも見られるようで、天王祭の定番の出し物であったのかも知れません。

写真は御油祭りでの3輪の高砂車
 

須成天王祭

 投稿者:ゆゐさ  投稿日:2012年 8月 7日(火)20時42分30秒
  NAKAさん再び投稿します。5日は、須成、大森、御油、清須とはしご(それも鉄道で)するつもりが、須成でばててしまい。家で休んでから夕方清須に行きました。
須成の車楽船と上山の人形座のクローズアップ部を送ります。この人形座(翁と媼)に車輪を付けた物が津島型山車の祖形だそうです。

 

3Re:花火スケジュール

 投稿者:NAKA  投稿日:2012年 8月 7日(火)18時47分43秒
編集済
  はなびんさん こんばんは。
花火も山車祭も目的は牛頭天王信仰の歴史的調査ですが、情報が多すぎ整理しきれない状況です、よって整理してUPするまでの間は、新規以外の観覧はセーブ中につき、田原も当分ご無沙汰が続きそうですので、ご了承下さい。というわけで山頂の花火期待していますよ(笑)。
この蔵王山は田原祭りの原点ともいえそうな信仰の山で、もともと此処から移動した熊野社が巴江神社の前身で、江戸期に熊野社の祭が祇園祭とも呼ばれたとあり、その後巴江神社・神明社・八幡社の3社祭が「傘鉾まつり」と祭名を替え、現在の田原まつりとなっています。よってこの祭りの原点は天王信仰を包含した吉野蔵王信仰といえるかも知れません。頂上の展望は素晴らしいですよ。
 

RE:Re:花火スケジュール

 投稿者:はなびん!  投稿日:2012年 8月 7日(火)02時38分9秒
  御油の花火写真ごちそうさまです。
(日曜日の三ヶ日花火の行き帰りに「雰囲気」を少しだけ味わいました)

・・・いや、本当にもう観覧数は激減なんです。
そうだ!!
今年は山頂からご一緒しましょうか?!
 

御油祭り 試楽の花火

 投稿者:NAKA  投稿日:2012年 8月 6日(月)22時14分55秒
編集済
  豊川市御油祭りの花火は以前に日曜日の本祭が打上げの本番という事で3度ほど観覧した事がありますが、今回は土曜日の試楽の花火を初観覧でした。花火は19.30から21.30で御油橋周辺は仕掛けや大筒や小型煙火が賑やかに打ちあがり、打上げ花火(地元では山花火)は西方の山(東三河ふるさと公園)から揚りますので、何処からも良く見えますが、御油橋周辺は都度玉数や玉の大きさのアナウンスがあります。
本番前の前夜祭花火とはいえ10号三重芯2~3発をはじめ相変わらずの8~10号の良玉が揚っていました、山車祭り花火でなにげに尺の三重芯花火が揚るのが、三河の凄さでしょうか。これは来年は又日曜日の本祭花火に行ってみたくなりました。
花火数は一般に両日で3000発とされていますが、実数は不明です、なぜなら此処の祭りは氏子組が50組以上もあるようで、氏子さん自身が全容把握は無理とおっしゃっています(笑)。
 

RE 長太天王祭と朝日天王祭

 投稿者:NAKA  投稿日:2012年 8月 6日(月)21時47分18秒
  ゆゐさ さん こんばんは。猛暑の中での広範囲な御観覧 おそれいります。
三重県も天王祭のメッカですね。須成の車楽船はいずれ私も撮っておきたいと思います。
朝日天王祭ですか、天王社は以前朝日弥生遺跡資料館へいったついでに寄ったことが在りますが、山車の写真は初にお目にかかりました、情報に感謝です、車は清須の文化財指定されていますから絶滅する事は無いでしょう、何時か私も行ってみたいと思います。

私は土日は全くの近場の御油神社に7年ぶりの観覧です。写真は8月5日(日)旧御油橋周辺の写真です。
 

長太天王祭と朝日天王祭

 投稿者:ゆゐさ  投稿日:2012年 8月 6日(月)19時09分53秒
  NAKAさん今晩は。あまり知られていない天王祭を2件紹介します。
まず8月4日、三重県鈴鹿市北長太(きたなご)の飯野神社、長太の天王祭。詳細はこのままで検索してみて下さい。名古屋型に似た山車の上山に15米におよぶ梵天を着ける事です。又、3台とも深夜まで獅子舞を延々と繰り広げます。ここはやっと少しずつ有名になってきました。
次は、清須市朝日天王、津島神社祠の天王祭。8月5日、午前中は蟹江町須成の須成天王祭の車楽舟を見に行き、同日の夕方、清須市朝日天王へ行ってきました。5年振りでした。
北にある、稲沢市北市場の山車と別型の天王祭用山車です。外輪輪掛けは尾張共通ですが、上山が6本柱で屋根の唐破風が二枚段違いという他に見られない特徴をもっています。
ほとんど無名で残念ながら、絶滅危惧種に相当します。

 

RE 須坂

 投稿者:NAKA  投稿日:2012年 8月 3日(金)01時45分42秒
  BMTさん こんばんは 本当に御無沙汰ですね、お元気ですか。
私は近場に車を置いての相変わらずの省エネルギーに徹しておりますので(笑)ご心配なく。
須坂の傘鉾写真ありがとうございます、まさに傘鉾(傘矛)ですね。須坂と三河は花火繋がりの伝承がありますが、天王祭でも昔は縁があったのでしょうね。
「天王おろし」という名称は尾張でも使われることがあるようです。
 

須坂

 投稿者:BMT  投稿日:2012年 8月 2日(木)20時28分46秒
  まったくの御無沙汰であります。
暑い毎日ですがお元気そうで何よりです。
書き込み拝見しますと、精力的な祭観覧に脱帽です。
花火観覧と異なり、夏の祭礼はかなり体力的に消耗します。
花火と異なり祭は昼間の炎天下!歩き回る距離も半端じゃないです。
御大、お体ご自愛ください。

何も貼らずに帰るわけにはいかず…(笑)
須坂の祇園祭です。
何年か前に参戦しましたが大雨で中止!
今年は花火の翌日ということもあり一泊し観覧してまいりました。
須坂には江戸期製作の屋台(2輪の踊り屋台)4台がありますが現在は曳きだされることはなく展示のみ。
祇園祭は墨坂神社(芝宮)の祭礼であり、神社神輿に牛頭天王が祀られ氏子町を巡幸します。
須坂では祇園祭の始まりを「天王おろし」と言い各町より笠鉾が曳きだされるのが特徴です。
笠鉾はこの地域ではよくみられるようですが、11基が継承されているのは須坂だけです。
笠鉾には依代として人形などが工夫され、二段の帽額(もこう)に囲われています。

前日の花火は、垂れこめた霧雲のなかに打ち込まれ、篠原煙火の名作の数々(向日葵は花火の依代ですよね)
は満足に観覧できませんでしたが、「須坂天王おろし」を観覧できたことでまずまずの信州でした。

何処かでお会いしたいですね。花火でも祭りでもOKです(笑)。
 

RE 花火スケジュール

 投稿者:NAKA  投稿日:2012年 8月 2日(木)19時46分27秒
編集済
  はなびんさん こんばんは。
とかなんとか言いつつ相変わらずでしょうね(笑)、田原ですか私もこのところご無沙汰です、北にある蔵王山山頂から一度は写真を撮ってみたいと思ってはいますが、そのうちですね。どなたかチャレンジを、展望台(無料駐車場あり)周辺の標高は250mですから、目の少し上の高さに尺玉が開花する感じで、位置によっては打上げ根本から見えますが、距離は約1.5kmほど、真横の感じでワイドには見えないと思いますが、どなたか夜景と見下ろす花火にチャレンジのうえ写真を投稿してみてください。
 

花火スケジュール

 投稿者:はなびん!  投稿日:2012年 8月 2日(木)04時19分36秒
  お忙しいなかでの愛知のアップ、ありがとうございました。
なかなか思うように観覧も出来ない身ですが、、田原はなんとか行きたいです。
 

RE 知多市大草の山車

 投稿者:NAKA  投稿日:2012年 8月 2日(木)02時21分37秒
  ゆゐさ さん こんばんは、たびたびお手数お掛けしました。「大草の山車」はさすがに新舞子の山車と良く似ていますね。風神雷神さんのHPはすごい情報量ですので、じっくりと拝見中です。  

知多市大草の山車

 投稿者:ゆゐさ  投稿日:2012年 8月 1日(水)23時51分58秒
  お答えします。「大草にあった山車」と検索すると「歴史とロマンの町大野へ行こう」中にあります。又、風神雷神管理祭り総合板というブログ中、‘知多市北粕谷,欄中に大草の宵、朝祭りの山車と大興寺、中小根の山車を投稿された方がいます。

半田の夏山車開催日はコミュニティ主催で行政が関わっていない為に、開催日が不明確ではないかと推察します。乙川、亀崎以外にももう一地区、夏山車を出す所がある筈です。
「尾張の山車まつり」掲示板に開催日を尋ねると、そこの山車関係者から必ず返答していただけると思います。今年は暦の関係で第一土曜日と第一日曜日がずれたこととか、15日が日曜日になった為、天王祭が重なった地区が多かった事も関係していたのかもしれません。

 

RE 知多市の天王祭系山車

 投稿者:NAKA  投稿日:2012年 8月 1日(水)16時06分55秒
  ゆゐささん こんにちは!
毎日暑いですね、夏場の花火観覧は体力勝負ですが、祭り見学でも少々バテ気味です。

>大草あたりのモノクロ写真をアップされているブロガーがおられるはずです。
これはどちらのサイトでしょうか、お教え戴きませんか。

ところで春の山車祭は半田市等各市町村では詳細な情報が公開されていて助かりますが、春以外の祭り情報となると、とたんにネット情報が心細くなります。
7月28日(土)は知多市白山神社の帰路、半田の乙川津島祇園祭の予定でしたが、この日では無かったようです、ここの開催日情報をご存知でしょうか?又来年チャレンジですが。
半田市亀崎夏祭りは前日までこの日(7月29日(日))と知りませんでした、28日の帰路、半田市内でこの花車を見かけ、氏子さんにお聞きして翌日が本祭りと知りました。毎年この頃ではあるが特に指定日はなさそうで、事前に亀崎公民館に問い合わせされたほうが良いとの事でした。

>大興寺には今も、山車蔵中にあるという噂があるそうです。
大興寺町には現・八幡神社がありますね。ここには古く大興寺(臨済宗)の鎮守として八大神社があったそうです(by張州雑志)、八大神社は旧称八王子社のケースが多いようですから、山車があってもおかしくありませんね。
知多市南部と常滑市北部は江戸期は広大な「大野庄」とされていて、真言宗寺院も南知多町に次いで多く、真言系天王信仰のメッカでもあるようです。
 

知多市の天王祭系山車

 投稿者:ゆゐさ  投稿日:2012年 7月31日(火)23時50分48秒
  ①の新舞子白山神社の山車ですが、今は宵祭りしかやってませんが、戦前は朝祭りもやっていて、その時は唐破風の上山を取り付け、名古屋型の山車になるという次第だったとの由。その上山も平成初期まで山車蔵に保管してあったそうですが、いつしか廃棄されてしまった由。近隣の日長神社にも全く同型の山車があったそうですが廃止の憂き目になり、現在、何の痕跡もなし。又、大草の津島神社にも最近まで同様の山車がありましたが、平成5年の調査後、山車蔵ごと無くなってしまいました。大興寺には今も、山車蔵中にあるという噂があるそうです。知多市は昔は天王祭系山車の宝庫だったそうです。検索すると、大草あたりのモノクロ写真をアップされているブロガーがおられるはずです。

 

山車祭ー2例

 投稿者:NAKA  投稿日:2012年 7月31日(火)20時44分58秒
編集済
  ①7月28日(土)の知多市白山神社の天王祭古式山車
②7月29日(日)の半田市亀崎コミュニティー夏祭り 帰路の様子
③7月29日(日)の半田市亀崎コミュニティー夏祭り 山車舞台総踊り

①の白山神社の山車は天王祭としてかって曳かれたが現在は上部にまきわら提灯を飾って境内での据え置きですが、かってはこのような天王祭旧車が半島西部で良く見られたようです、現在の知多型・名古屋型山車以前の天王祭に曳かれた旧型の山車として興味があります。
②の半田亀崎コミュニティー夏祭りは尾張三社(旧天王社)の夏祭りとして曳かれた5輌の山車です。亀崎の春の豪壮な潮干祭と違って、こちらは女性的な優雅な山車祭です。
各地の天王祭で山車が曳かれる以前は、傘鉾がメインの出し物でもあったようで、この亀崎の山車は制作年代は不明ですが、上部が花傘・傘鉾状になっているのが古くの伝統の名残のような気がしています。

このところ知多半島に集中していますが、実に古い伝統と信仰をもった興味のある地域ですね。知多半島の山車祭は天王祭の影響が少ないといわれることがありますが、なかなか調べるほどにむしろ天王信仰一色の感がします。
 

Re 卯の山天王祭

 投稿者:NAKA  投稿日:2012年 7月21日(土)01時31分34秒
  ゆゐさ さん こんばんは!
この卯之山津島神社の祭車が山車が否かは何とも言えないと思いますよ。
HP「尾張の山車まつり」さんも「天王祭類似の祭礼山車」のページで、「かつては,綱を付け境内を曳いたこともあったようです.当ホームページでは山車として扱ってはいませんが,天王祭りの影響が大きいと思われますので掲載しました)云々・・・
と記載されており、ゆゐささんと同じく境内移動用の小車はあるものも境外を曳き回す車で無いという事で、山車で無いと結論付けられておられるようですね。

しかし「阿久比町誌・昭和63年版」によりますと、現在の車は梶棒も無く曳き回しはしないが、古老の話によれば「大正の御大典(大正4年・1915年)に、綱を付け一度だけ、現在の英比小学校まで氏子総出で曳いた事がある」(約700mほど)と記載されています。
大正4年といえば当時10歳の方で、現在107歳ということになり、この事を実際にご存知の方はおられないと思います。
一度でも曳き回された実績がある事が重要とおもわれます。又作った年代や改造の時期が不明となっていますが、「町誌」では「明治時代の屋形には、年記が銘記されていたが、すでに2回ほど、屋形の台を取り替えた」との古老伝を紹介されています。屋形は津島神社の「車楽船」を真似て作られたといわれる。
かっては365個の提灯を傘鉾形に掛け並べ、中央に12個の提灯を縦に並べ「鉾」を付けたと言われる。
以上から私が勝手に想像する事は、江戸期からこの祭車は八坂の「山鉾」や津島の車楽に影響された古式山車であったかもしれません、その後曳き回しを止めるために台を現在のように改造したのではなかろうか、それは単に提灯を飾る為の固定木組みにしては構造は不必要に頑丈に作られているのが名残かなどと想像しています。

古式山車の参考に、これも「阿久比町誌」にあったものを貼っておきます。これは「亀崎祭礼山車起源想像図」応仁・文明(1467~1469)頃の知多型山車の想像図としていますが、簡単な台車の上に四隅に竹を立て幕で囲っただけのものですが、古くはこの程度で「山」と呼んでいたのでしょうね。
 

ReRe:Re :2012年夏

 投稿者:NAKA  投稿日:2012年 7月21日(土)00時11分46秒
  はなびんさん こんばんは!
>片足などと言わず、また並んで観覧したいものです。
そうですね、神社関連が一息ついたら、そのうち又よろしくかも知れませんね。
 

Re:Re:2012年夏

 投稿者:はなびん!  投稿日:2012年 7月20日(金)04時42分0秒
  御手すきな時で構いません・・ので、何卒よろしくお願いします m(_@_)m

本格的に観始めた頃に比べると、
・自分自身の観覧環境(勤務による使える時間と移動距離の激パワーダウン)
・大会の観覧条件(場所取り、内容、観覧者の増大)
・愛好者諸氏(御大に限らずお見かけしなくなった方もチラホラ)
かなり変化しました。。
片足などと言わず、また並んで観覧したいものです。。
 

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