花火BBS-1
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RE 横松の子供山車
投稿者:
NAKA
投稿日:2012年 5月10日(木)16時37分37秒
ゆゐささん こんにちは、そうですか29日はすれちがいでしたか。横松の子供山車写真ありがとうございます。阿久比町誌に小さな記事と写真が記載されていましたので興味をもっていましたが、子供用とはいえ立派な車ですね。
常滑は夏の瀬木祇園祭(7/22(日)には山車は無さそうですが、花火が上がりますので祭り風景とのコラボを狙ってみようと思っています。
横松の子供山車
投稿者:
ゆゐさ
投稿日:2012年 5月 9日(水)21時51分5秒
NAKAさんこんばんは。私も、きたまつりと阿久比町横松に行ってきました。どこかですれ違ったんですね。特に大野では、NAKAさんの画像からするとほぼ同位置にいた筈ですがお会いできなくて残念でした。 扨、横松の子供山車ですが、山車の復活後、美浜町時志地区に譲渡されていて、現在も時志の祭礼に太鼓山車として活用しております。これもMさん情報ですが、時志の人達の手によって屋根が改造されている由。尚、山車譲渡以前の時志では、太鼓は担いで町内を廻っていたそうです。
山車と花火3題
投稿者:
NAKA
投稿日:2012年 4月15日(日)14時51分17秒
昨日は半田市の岩滑八幡社の山車まつり打上げの花火を撮ってみました。時間はPM8.00から20分ほどで、小型煙火主体で最大3号玉というところでした。2台の提灯山車を前景に花火というのもいいものですね。
RE 花火と山車2
投稿者:
NAKA
投稿日:2012年 4月 9日(月)08時51分40秒
ゆゐささん こんにちは。
武豊町冨貴の山車祭り・・・ネットで見ましたが、冨貴市場の舟形天王車が出る祭りですね、しかし花火があったのは、この天王丸の生誕150周年という臨時花火のようですね。
大垣へ山車ざんまいですか、山車ファンの皆様はとにかく行動力がありますね。画像はとにかく興味がありますが、シーズンインでお忙しいでしょう、お暇なときで結構ですので宜しくお願いします。
花火と山車2
投稿者:
ゆゐさ
投稿日:2012年 4月 8日(日)23時33分41秒
NAKAさん 今晩は。「いさの出来事」というブログを見ていたら、武豊町冨貴の山車祭り試楽祭に花火を打ち上げるそうです。冨貴市場区の祭りに関わる方のブログです。
今日、私は、大垣市の山車イベント、池田町片山八幡神社、山県市柿野の柿野まつり等々のからくり山を撮り歩いて来ました。天王祭ではないのですが、ご要望があれば画像おくれます。如何?
RE 花火と山車
投稿者:
NAKA
投稿日:2012年 3月29日(木)20時27分36秒
ゆゐささん こんばんは。無茶振りでしたか、それは失礼しました(笑)。
情報ありがとうございます、チェックしておきました、しかし花火の打ち上がる高さ、大きさ、距離、花火の時の山車の位置、時間等下見をしておかないとなかなか旨くは行きませんので大変です。
花火と山車
投稿者:
ゆゐさ
投稿日:2012年 3月29日(木)19時55分57秒
いやあ、NAKAさん無茶振りですわ。尾張の山車祭りで花火がついているのは、みな此のサイトに載っているんですもの。第一、私は山車を撮影すると早々に帰宅してしまう性質ですから。 それでも懸命に考えて、2件思いだしました。
1.稲武まつり 8月15日に桑原と武節の2台の太鼓山車の演武中、打ち上げ花火が上が る筈。(帰りが遅くなるので、打ち上げまで居た事がありません)
2.設楽町東納庫寺脇 ここも8月15日に東部と南部の2台の屋台が別々に曳かれます、 7時過ぎに花火が打ち上げられていました。
あと、確実性に欠けますが、稲武の小田木でもあった様に記憶しています。祭礼日は10月第一土曜日の宵宮に屋台曳行後、宮入してからと思いますが。
2台のほうが稲武まつり、1台のほうが小田木の太鼓屋台です。
RE 乗本舟多神社の山車
投稿者:
NAKA
投稿日:2012年 3月27日(火)16時53分11秒
ゆゐささん こんにちは。
舟多神社の投稿ありがとうございます、東三河は珍しい山車・屋台がいっぱいありそうですね、尾張の豪華な山車とは又違って、素朴な味わいがしていいものですね。
ことしも知多方面の山車祭が早くも始まりましたね、まあ私は天気次第の行き当たりばったりですが、1ヶ所だけ、半田岩滑地区の花火と山車のコラボ写真に挑戦はして見たいと思いますが、ゆゐささんは他に山車と花火を写せる祭りをご存知ありませんか?。
乗本舟多神社の山車
投稿者:
ゆゐさ
投稿日:2012年 3月26日(月)23時04分57秒
NAKAさん今晩は。長篠の乗本舟多神社の記事がのったので投稿します。
2008年に乗本に取材に行った際の聞き書きです。
乗本は戦前まで豊川水運の湊町で栄えた町で、旅館、芸者置屋も何軒もあり、主産は材木、檜皮であったそうです。祭り山車は往時は5台もあったそうですが、戦中の金属供出で屋根の銅板をめくって供出した後、廃車になりました。それを惜しんで、主要産品である檜皮で噴いた山車を、京都で修業した地元の宮大工が当局の目を盗んでつくったのが、現在の山車である。との事でした。トラック輸送に切り替わった為、町はさびれてしまい、今は普通の住宅地になっています。尚、祭礼日は3月の最終日曜日です。
RE 石野町と藤岡町北一色
投稿者:
NAKA
投稿日:2012年 3月11日(日)09時45分8秒
ゆゐさ さん、こんにちは。
>神社探訪の記事が、もの凄い勢いで増えていくので驚嘆しております
これは自分のテーマを纏める為の基礎資料ですが、たいしたことはありませんよ。世の中の神社関連サイトでのその膨大な情報UPに比べればですが。
本来天王社の記事を書きたいのですが、寄り道して八王子方面に行ってしまいました(笑)、豊田市は何故か興味のある神社が多いですね、あと六所神社や社口社や天白社・・とキリがなさそうです。
石野町と藤岡町北一色
投稿者:
ゆゐさ
投稿日:2012年 3月10日(土)20時36分2秒
NAKAさん今晩は。ここを検索するたび、神社探訪の記事が、もの凄い勢いで増えていくので驚嘆しております。その中で私も山車屋台調査で訪れた神社がいくつかあります。
石野町の囃子屋台 昭和55年に先代のちゃらぽこ屋形の格子、勾欄を流用して4輪の屋台にした。
藤岡町北一色の囃子屋台 舞台左横の小さな倉庫内に屋台が入れてあります。2層の単純な囃子屋台とはいえ石野町の屋台よりは大きいので、多分上下にたたんで収納してあるのでしょう。残念乍、フィルムでしか撮影していないので画像は送れません。尚、祭礼日は撮影時、7月第2日曜日でした。八草と藤岡とをはしごしました。
若葉まつり
投稿者:
NAKA
投稿日:2012年 3月 5日(月)18時37分26秒
豊川市牛久保八幡社の若葉まつりのサイト新設を
柴田様よりご紹介頂きましたので、こちらでもご案内します。
若葉まつり
http://unagoji.dosugoi.net/
RE どうもありがとうございました
投稿者:
NAKA
投稿日:2012年 2月21日(火)20時45分37秒
編集済
加藤克典さん こんばんは。
立派なHPですね、今後ますます充実されることを期待しますね。写真はフィルム貸し出しはかなり費用を頂く事になりますが、すでに当方のHPで公開していますものは、当該煙火店さんに限りコピー&ベーストでどうぞご利用下さい。
どうもありがとうございました
投稿者:
加藤煙火 加藤克典
投稿日:2012年 2月21日(火)19時15分21秒
NAKA さん
この度は弊社ホームページのために、お写真を提供して下さいまいて誠にありがとうございました。
このようなホームページができましたのも、NAKAさんのお写真があったからこそだと思っています。
よろしければまた会社に遊びに来てくださいね。
今後ともどうぞよろしくお願い致します。
煙火業者リンク追加
投稿者:
NAKA
投稿日:2012年 2月21日(火)14時57分34秒
愛知県蒲郡市の加藤煙火(株)さんのホームページが
公開されましたのでお知らせします。
http://katoenka.jp/
RE 樫山の新若丸の由来
投稿者:
NAKA
投稿日:2012年 2月21日(火)14時31分28秒
ゆゐさ さん こんにちは。
新居野組の山車の由縁よくわかりました、それで車名に「丸}が
ついていたのですね。毎度ありがとうございます!
樫山の新若丸の由来
投稿者:
ゆゐさ
投稿日:2012年 2月20日(月)23時41分7秒
NAKAさん今晩は。以前書き込んだ樫山新居野組の山車、新若丸について由来が判明しました。S浦氏ことSinさんに情報を戴きましたので、再度書き込みます。
明治26年の大火により、全ての山車と舞台は焼失したが、新居野組の山車だけは下山が焼け残った。この下山を使用して舟型山車を明治28年に造った。それが旧車、入舟山車新若丸だった。この山車が老朽化したので、昭和57年に他組のような山車を新造した。名称は旧車名をそのまま踏襲した。五組中最大、最重量との由。
NAKAさんの仰る通り、これからはなるべくストーリー性のある情報を書き込みますので、今後とも宜しくお願いします。
RE レアな山車情報
投稿者:
NAKA
投稿日:2012年 2月14日(火)23時55分1秒
ゆゐさ さん、HP公開のご予定は無いとの、少し残念ですが、しかしすべてを公開してしまうと流用される事もあるでしょうから、痛し痒しですね。それらの諸情報の中で面白そうな話を一連のストーリーとして発表されるのも面白いとおもいますが。
私の今UPしているテーマは豊田周辺に密集する八柱神社群は猿投神社がルーツに関与しているのではとの推測から、個々の神社を調査中です。
レアな山車情報
投稿者:
ゆゐさ
投稿日:2012年 2月14日(火)20時32分41秒
NAKAさん、私のネタ元の90%は知立のO村氏、名古屋のM野氏、同じくS浦氏(志賀町で私と同行していた方です)のお三方の情報です。お三方は愛知山車祭研究会の創立メンバーです。私が最年長ですが、山車研究でははるか後輩です。私はひょんなことから稲武の屋台調査から始めたのですが、稲武の13か所の屋台を撮影してリストを作り、研究会で発表したところ、彼らはとっくに調査済みでした。その後いろいろ添削、助言やらのアドバイスを戴き、3年前に三河全域のリストを完成させました。お三方の情報量は半端なく膨大なものですが、お三方も私もネットでのHPを作成する気はありませんので、残念乍、NAKAさんの期待する様なページはありません。 しいて上げるなら「山車だんじり悉皆調査」の愛知県三河の有名でない地域の情報は私が提供した物なので多少該当するとおもいます。
一部の方が私の写真集(アルバム)を見て、『HPを立ち上げて公開すべき。』とよくいわれます。いまのところそんな気はありません。ただ、八草と猿投下切の山車は全くの無名山車ですので発表の機会を伺っていた所、NAKAさんと知り合い、貴方のHP内容が意にかなったものなので長々と投稿した次第です。O村氏からは如何様に発表してもらってもかなわないとの許諾をいただいております。引用元は「ゆゐさ」で結構です。
霧山の山車2
投稿者:
NAKA
投稿日:2012年 2月14日(火)17時53分27秒
ゆゐささん、こんにちは。再度の貴重なお話のご記載ありがとうございます。
「誤伝」というのは、あらゆる歴史にもつきものですので、仕方がありませんね。間違いの類の誤伝はまだよいのですが、
たとえば社寺の由緒・歴史というものには古代からの故意の捏造・偽書のたぐいが山積し、この偽伝の山の中から真実の宝を探し出す事は不可能に近く、結局個々の歴史研究家における百家百論が生じることになっているのですが、それが逆に興味をそそる事でもあるのですね。
ところでゆゐさ さんのこのような山車記事を、まとめて発表記載されているページはありませんか?。引用させていただく場合、引用元をどのように紹介差し上げればよろしいでしょうか?。
霧山の山車2
投稿者:
ゆゐさ
投稿日:2012年 2月13日(月)20時46分19秒
NAKAさん今晩は。実は昨日、愛知山車祭研究会の懇親会でした。M野氏は欠席でしたが、O村氏は出席でしたので霧山山車調査の件の経緯を依頼しました。先ほど連絡を戴きましたので、改めてホットな情報を書き込みます。
〇平成4年に改修をした際に山車全体を茶色に塗った。
〇寺部からはお囃子を教わったとの話で、お囃子がいつしか山車を買った話に誤伝。
〇霧山近辺の各字でそれぞれ小さな車があったが合議の上、大きな山車1台に纏め
地元で建造、それが明治27年頃の事らしい。
以上です。大正でさえ100年前になってしまったので、実際にその時の関係者から話を聞かないと、誤伝承が歴史になってしまう危険性は常にある訳ですね
RE 霧山の山車
投稿者:
NAKA
投稿日:2012年 2月13日(月)18時47分9秒
ゆゐささん こんばんは、毎度情報有難うございます。
霧山の山車のお話、興味深い内容ですね、私も一度は行って見たいと思いますが、7月第3土曜~8月第一土曜にかけては天王祭のラッシュ時につき、なかなか思ったようにいけませんね。まあ気長にぼちぼちとやっていきますので宜しくお願いします。
霧山の山車
投稿者:
ゆゐさ
投稿日:2012年 2月12日(日)22時28分34秒
NAKAさん今晩は。今回は霧山の山車についてです。 とその前に、前回の訂正の訂正です。下切の場所ですが、病院西ではなく猿投神社西の病院(大仁病院)の書き込み間違いでした。このBBSをお読みで猿投下切のお祭りに行こうと思われた方々にお知らせいたします。
場所
現在は豊田市霧山町、合併前は東加茂郡足助町霧山でした。足助町の最西端で豊田市との境の郷でした。国道153号を日之出町で右折し鞍ヶ池公園を経て旧足助町追分に至る道(県道343号)のほぼ真ん中あたりが霧山町です。県道の左側に白山神社は在ります。
津島社は此処の境内社です。昔は隣村則定との境近くの山上にあったのを不便なので現在の位置にした由。
祭礼日
7月第3土曜日です。ただし絶対確実と言う保証はしかねます。
山車の沿革
平成10年、足助町教育委員会発行の「足助町の祭りと山車」によりますと、幕末期、寺部で作られた山車を明治20年代に購入したという伝承を載せています。幕に明治27年6月15日の文字が染められているそうです。挙母型の山車にしては車体下部がまるで違うので
明治期に改造されたと推測されています。足助型山車のように内輪で楫棒も2本水平の前後に突き出した楫です。
その話に疑問を抱いたのが前述のO村氏、及び名古屋のM野氏です。M野氏はその後、古老より調査聞き取りを行い、地元大工の作と突き止めました。地元住民の記憶違いが一度、本になるとそれが伝承されてしまいます。即ち、挙母型→改造挙母型ではなく、始めから足助型山車として作られた山車だということです。(足助型と決めつけたのは私です。異論のある方もいるかもしれません)
天王祭り
霧山に3時頃に着くともう山車は本殿前に置いてあります。本殿で参加者の主だった方が神事終了後,号令がわりにロケット花火をばんばん打ち上げてから、県道まで一気に曳き出します、その後、夜遅くまで県道や町内の細い道を曳き回します。山車を撮影すると私は帰宅してしまうので何時頃まで曳行するのかは知らないのです。
RE 猿投の山車
投稿者:
NAKA
投稿日:2012年 1月 5日(木)01時03分32秒
ゆゐささん 明けましてあめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。
建速神社ここですよね(写真)。
天王祭り情報有難うございます、ここは豊田市史でも猿投神社の末社として
下切若衆の棒の手の拠点として登場しますが、過去も猿投祭で山車が曳かれた
ことは無いようですから、猿投神社とは別の一般的な地域の祭礼なのですね。
猿投の山車 訂正
投稿者:
ゆゐさ
投稿日:2012年 1月 4日(水)17時41分55秒
場所を間違えました。病院東ではなく、病院西でした。お詫びして訂正いたします。
尚、山車は老朽化していて、曳き回しは随分前から行っていません。八草同様、置山状態です。特に車輪がひどく、3年前初めて見学した際は年輪が浮き出ていて後の部分はスカスカでした。22年に車輪は新造代替されましたが、曳く人もいなさそうで相変らず置山です。
次回は霧山の山車についてリポートします。
猿投の山車
投稿者:
ゆゐさ
投稿日:2012年 1月 4日(水)15時42分20秒
NAKAさん、明けましてあめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。
今回は猿投の山車についてです。 ここの山車を見出したのは、大先輩である知立市西町のO村という方です。以下彼の聞き書きです。
場所
猿投神社の東数百米ほどの所ににちょっとした病院があり、その前にこれまたちょっとした小径を南下すると、集会所と建速神社があります。ここが下切の天王の森という所です。
山車は神社左横の倉庫に分解されて入っています。
祭礼日
7月の第3日曜日と決められています。
山車の沿革
残念乍、八草と違い墨書き類、古文書等が残っていなく、口碑しか残っていない状態です。
現在も公的な調査が行われていないようなので無名のままです。O村氏が個人的に調べたところでは、もともと旧寺部本町(現在の豊田市高橋町、寺部町付近)の山車であり、寺部では一番の古車だったとの事でした。それを明治期、猿投下切で買ったのではないかと推測しています。
現在の天王祭り
山車はかなり古びていますが、基本形は挙母型です。上屋は6本柱、楫は湾曲した後楫でして、挙母型の特徴を全て帯びております。その後楫が天然の湾曲した自然木をそのまま使用しているため、O村氏は古挙母型山車と名づけられました。
天王祭りは夕方7時頃から始まります。昼頃、現地に着くと、飾り付けられた山車はもう神社前に置いてあります。黄昏時に町民が集まり始め、なかには笹と提灯を持って奉納される方もいます。やがて子供たちの太鼓打ちが始まり、その後はバザー等ひらかれます。
謹賀新年
投稿者:
NAKA
投稿日:2012年 1月 1日(日)13時57分23秒
皆様 明けましておめでとうございます
本年も宜しくお願いいたします。
RE 山笠見歩記
投稿者:
NAKA
投稿日:2011年12月 9日(金)11時20分16秒
ゆゐさ さん、こんにちは。
このHPですね、
http://wakamatsu.ddo.jp/yamagasa/
明治維新の廃仏毀釈における石造破壊は歴史的な汚点ですね。10年程前のアフガニスタンのバーミヤン仏教遺跡の石造大仏がタリバンによる廃仏運動の為、破壊され世界的な話題に成りましたが、我国の明治維新政府の神仏分離令による全国的な仏像・仏具の破壊はそれとは比較にならない程、大規模なものであったようですね。
その実例は挙げればキリがありませんが、たとへば九州ですと福岡の式内大社として著名な「筥崎宮」ではこんな話が残っています。
「維新の神仏分離令により、神官たちが仏像を運び出して焼き捨て、特に本尊と地蔵菩薩は縄で縛って町中引き回しの上、像の首を打ち落とした」と伝承されています。
神仏分離に関しましては何れはHPに纏めてみたいと思ってはいるのですが、なにせテーマと情報が大きすぎます(笑)。
このHP「山笠見歩記」では山笠情報が凄いですね。
山笠見歩記を見てください
投稿者:
ゆゐさ
投稿日:2011年12月 8日(木)20時22分45秒
NAKAさんこんばんは。
HP‘山笠見歩記’の表紙に佐賀県多久市八坂神社境内の破壊された、祇園宮額が載ってます。
是非見てください。山車だんじり悉皆調査つながりのHPです。
RE 八草町の山車
投稿者:
NAKA
投稿日:2011年12月 5日(月)18時26分19秒
編集済
ゆゐささん こんばんは。八草山車の情報ありがとうございます。
地方誌「八草の今昔」で津島社と祭の概略は記載されていますが、山車の由来の話は勿論初めてお聞かせいただきました。
八草村上字下字の津島社が何処にあったか、私も調べてみる事にします、八柱神社を北上してグリーンロードを越えた辺りに「天王坂」と呼ばれた旧道があったとのことですから、1社はこの辺りが匂いますね。
<津島社前にて神事ならぬ仏事を行います。僧侶が般若心経を唱えた後・・・>
これが明治維新以前の民間信仰では当たり前の祭礼様式であったと思いますが、今なお仏事での祭礼を踏襲されておられるのですね、来年以降機会がありましたら行って見たいとおもいます。
以上は、新着順1番目から30番目までの記事です。
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