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【現代刀匠総覧店舗を】
現代刀匠は、二百人前後しかいない。また、そのほとんどが貧困である。
刀が売れないからだ。しかし、なぜ売れないのかといえば、第一に国民の
多くが、どんな刀匠がどんな刀を作っているのか知らないからである。
知らない物は買えない。逆に、グッチだのハッチだののように、有名で
あれば飛ぶように売れる。
では、刀匠のギルドは、自分達の商品を一同に会して、誰がどんなもの
を作っているのかを、世に示したことがあるのだろうか。いや、こんなこと
は、年に一度か二度やったって意味がない。常設の店舗において、いま現在
これだけの作家がこんな物を作っています、値段はざっとこれぐらい、ご注文
などもあればお請けいたします、というぐらいのことはやらねばならない。
石は自らの重さで沈み、木は自らの軽さによって浮く
自分達の暮らしの為に、この程度の骨を折らんでは、窮乏するのも当然。
さて、おそらくはそのような施設を作る金がない、というのであろう。
しかし、金はなくても「腕」はあろう。刀鍛冶に縁のある地方に掛け合って
共同事業とすればいい。堺・備前長船・関・ドウタヌキ、その他、そのよう
な施設があるべき箇所はいくらでもあろう。
自治体が渋れば、地元の名士を訪ねよ。地方の名士というものは、概して
土地や建物を無駄に所有している。気前良く貸してもらえるだろう。なに、
刀を飾るだけなのだから、おんぼろの旧家ひとつでも間に合うのだ。
もうすこし金をかけたいのであれば、「若いバブルもどき長者」にも後援
を頼んでみるといい。意外にも文化に飢えているのかもしれぬ。また、芸能人
に話を持っていくのもいいだろう。彼ら自身の援助は少なくとも、その影響力
は絶大だからである。
だが、ひとつ忘れてはならない。それは、堺にあっても関に出来ても、必ず
すべての刀匠の刀を展示できるものでなければならないのだということだ。
堺刃物に限ってはダメなのだ。関の名物では意味がないのだ。そこにいけば
全国の刀匠の現況が知れる、そういうものでなければならないのである。
当然、関の店も、堺の店も、同じ内容になってしまうが、それでいいのだ。
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